And others 26

Contributor/しゃんぐさん
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 路地裏にボロい毛布があったので、訝しんでみた。
 いや、別にボロが路地裏だからあっても良いのかもしれない。
 だが、その毛布はモソモソとみすぼらしくうごめいたあと、ふわりと重力を感じさせない動きで浮き上がった。
そして、ブリキのゴミバケツ、煉瓦の壁、窓枠の下、雨樋の繋ぎ目へと飛んで跳ねるような奇妙な動きで舞い上がって行く。
 なんとなく口を開けたまま見上げていると、ついに毛布は屋上にまで昇り詰めてしまった。
 屋上に強く吹く風を受けて、毛布が翻る。
 翻った毛布の中から男が出てきた。
 遠目だが、特徴がある。
 民族衣装みたいな着物に、黒髪のつんつん頭。
「んん?」
 見覚えのある人物だった。



アクワイの憂鬱な正午




 誰も見たこともないことを平気でやってのけるのが彼の主人なら、人の見たことならかろうじて真似してのけるのがアクワイという男である。
 前置きはさておき彼は煤煙に濁った空と、空と同じ色の河川と街を見下ろした。
 三秒。
「……いた」
 捕捉したのは、800ヤード先の公園で怪しげな露天商から新聞を購入している帽子の少女だった。
 しばらくそれを眺めるアクワイ。その表情は普段に比べると格段に緩い。
もし犬ならしっぽを振っていることだろう。
 ややあって、その顔に緊張が走る。
 とたん体を沈めて、滑るように一歩を踏み出す。その一歩で全体重を加速させ、五歩目には全速力へと持って行った。
疾走。いや、走ると言うよりは水平に跳ねているとでも言うべきか。水面に投じた石のように音もなく連続で跳ねていく。
 屋根という屋根を飛び越えた先に、広場が見えてくる。
 公園はその先だった。
 低い屋根を次々に見つけ(走る前にあらかじめ見繕っていたが)そこへと体を落とし、位置を下げ、二階ぐらいの高さになったところで一気に着地。
 落下の衝撃を走る勢いに変えて、そのまま走り出す。
 公園は目の前だった。
 右側のコルト・パイソンを引き抜き、撃鉄を起こす。
 そして、公園に視線を戻した瞬間アクワイは目を見開いて強張る。
 そこには、帽子を被った少女と、金髪の青年が親しげな様子で会話をしている。
そして、その青年が不意に少女の方へと体を寄せて、
「っ! 撃ち殺す!」
「はい待った」
と、走るアクワイの足の下に、小さな足の甲が重なる。
 その足の甲は、アクワイの上げる足を助けるようにして僅かに上がり――
たったそれだけのことだったが、効果は劇的だった。大きく足を上げ、もんどりを打って引っ繰り返るアクワイ。
 地面に口づけをするちょっとした瞬間、アクワイはそれを見た。
 栗毛の、まるで学生のような、いたって普通の少女。

 広場に、べたんと言う乾いた音が響く。

 無様に地面に倒れ込んだボロ毛布の男が、体を痙攣し、緊張させながらそれでもこちらを見上げてきた。
「――あんたは」
 相手も見覚えがあるようだ。その顔が苦渋に歪んでいる。
 よし、少しだけ楽しくなった。
「おお、正解かな。う〜ん、想い返さばそんな顔だったような、なかったような」
 思考して、そういやそもそも顔をあんまり覚えてなかったと言うことを思い出して、思考を放棄する。
 どのみち、目の前にいるし。
「おひさしぶりですな、毛布男さん」
「毛布じゃねえ……民族衣装だ」
 思った以上にダメージを受けたらしく、彼は寝込んだまま訂正した。
「おお。そんなこと言ってた言ってた」
 てきとうに頷く。
「ただいまぁ」
「何が」
「いや、旅してたわけだし」
「俺は知らん。そもそもあんたの名前すら知らん」
「あぁ!」
 今度はなんだ、と言う風に、男はこちらをみた。
「あたしもあんたの名前知らない」
「……アクワイだ」
「アリサ。アリサ・デュールよ。
まあ、そのうち覚えるんじゃない?」
 なんで、と言う目はしていなかったが特別に答えてあげた。
「そのうち大物に成っちゃうし」
 久々の故郷の天地を統べた気分になって、アリサはそう宣言した。

ふむ、と頷いて。
「路地裏に浮かび上がる毛布があるので、すわ一大事と思ったら、毛布男だったのでつまらなかったのでした」
「あんたの面白いの基準が解らん」
 毛布男は、土を払って――落ちてもあまり変らないんだけど――それから、右手の指がまだ引き金に手を掛けていたことに気づき、青ざめた。
 おそるおそる撃鉄を元に戻す。
「暴発したらどうするんだ」
「だって、拳銃って撃っちゃ駄目じゃん。あぶないよ」
「俺が危ないのはいいのか」
「数の論理って無情よね。でも、時には非情に徹さないと」
「いや、いかんせん1:1なんだが……」
「1:0.5ぐらいで」
「1以下か、俺」
 しょげる毛布男だったが、何かを思い出してか、はっと首を上げてあたしを通り越した奥の方を凝視する。
 公園の方だ。あたしも振り向く。
 金髪の青年と、同じく金髪の少女が脈絡もなく寄り添っていた。
 無言で両手を伸ばす毛布男。
 すると、両手に4枚ずつ、計8枚の刃物が毛布男の手に握られる。
 知識にある。確かシュリケーンとか言う東洋の投擲武器だ。
「よくわかんないけど、やめなよ。男の嫉妬は情けないって」
「そういうんじゃない! こ、これで、あのナンパ野郎を八つ裂きにしてやる!」
「裂くもんじゃなさそうだけど、ん〜」
 2秒考える。
 その間に毛布男は地面を蹴って、アリサの横をかいくぐるように突っ切った。
「あ、こら……もう。しかたないなぁ」
 50ヤード離れたところで、アリサは息を吸った。
「だから、やめなよ」
 毛布男の前に立ちふさがり、驚愕で固まった顔のテンプルめがけて回し蹴りをかます。
 ヒット。
 信じられないという形相で、再びはいつくばる毛布男。その前に再び立つアリサ。
「…思い出した。あんたの走り方ってパタスモンキーに似てるんだ」
「な、今どうやった――」
「ん〜と。あたしもあんまり知らなかったり」
 目を線にして難しげにこめかみをつつく。
「……そう言えば、さっきも路地裏で見たとか言ってたな。追いつけたってのか、わざわざ人混みを避けて屋根づたいに走ったってのに」
 ブツブツとそんなことを言う。
「それより、もうちょい穏便にいこうかね。毛布」
「略すなってか、毛布じゃねえ。ア・ク・ワ・イだ!」
「あそこにいる女の子さ、あたしの親友の知り合いなんだよね」
「なに……?」
 アリサの言葉に食いつく毛布。
「知り合いって言うより家族なのかなぁ。だからさ、あの子が不幸になるとあたしの親友まで幸せじゃなくなっちゃうから、面白くないの。
 まあぶっちゃけ、あの子が幸せじゃないとあたしも面白くないけどね」
 我ながら、くさいなあ。
 もう一人の友人を思い浮かべ、アレならもうちょいサマになった言い方するんだろうなあとか考える。
「……俺だって、別に不幸せにしたい訳じゃ」
「ないんだろうけど、なるんだからやめときなよ。それにほら、」
 公園の二人を見ると、離れてまた普通に談笑している。
 その雰囲気は、友達でこそあれ恋人にはほど遠い。
 先ほどのは、どうせ肩か髪に蜘蛛の巣でも絡んでいたのだろう。
あの子はよく、そう言う人の入らなさそうな場所を探検しては探偵の真似事をしていたりする。
「あれぐらいで撃ってたら、弾がいくらあっても足りないって」
「……」
 わかったのかわからないのか毛布はまた立ち上がった。
 しばらく、二人が笑い会う様子を見て。
 踵を返す。
「お、聞き分けが良いね。毛」
「毛布ですらねえのかよっ」
 怒鳴って、でもすぐにため息をついた。
「あ〜すまんかったな。どうも、その……逆上してた」
「まぁ、わかればいいんよ」
 とぼとぼ歩く毛に並び、とことこと歩く。
 毛の背中をばしばし叩く。と、毛の腹からきゅるきゅるきゅると気合いの入った悲鳴が聞こえる。
「お腹空いてるの?」
「かれこれ4日食べていない……仕事もない」
 そりゃ逆上もするわな。
 アリサはにんまりと笑って、もう一度背中を叩いた。
「よっし、じゃあ何か食べに行こう。腹が減ってるから怒りっぽくなるんだって。
世の中のみんなが腹一杯なら、争いも起らないって話だし」
「そりゃ真理だが、難しいぞ」
「ま〜ね。でも難しいってのは出来ないってことじゃないんじゃない?」
「……そういうもんか?」
 首を傾げる毛。
 そういうもんである。
 そろそろ公園が見えなくなってきたあたりで、アリサは振り向いて微笑む。
「お幸せにね」
「ん、どうした」
「んにゃ、別に。じゃあ、どこ行こうかねえ。ってもう決めてるけど」
「って、待て。それって……」
 喧噪でごった返す街に消えていく帰郷者と異邦者。
 そうして、灰色の街の正午は過ぎていく。




おしまい



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